令和6年2月21日(水)

今日も雨。



令和6年2月22日(木)

またも雨。

でもしっかり歩む。


夜。

Hが自分で塗ったと自慢するが・・・。
ポケモン見たのね。

ライオンのママ?!
はい、鬼滅の映画、見に行ったよね。

Sはいなかったけど。
今度はプールね。
プール・・・。
プール・・・。
プール・・・。
プール・・・。
またプール。

そしてHは両手を横に、♪フラフラ〜と・・・。

そうか、ハワイアンズね、これ。

また行きたいのか?

H「うん!」


・・・そう簡単な話ではないけどな・・・。



 
令和6年2月23日(金)


今日はお母さんの誕生日。


なので・・・。


恒例の回転!

いつもと少し違うのは、少し上ランクのお皿を取ることだ。




令和6年2月24日(土)


(本日の内容、凄まじくハショッています)

Sがバイト先からの帰り道、車で事故を起こしてしまった。

警察から電話が入ったのだが、初めは何を言っているのか理解できなかった。

どうやら居眠り、こちらに100%過失があるらしい。

幸いにも被害者の方は軽傷。

しかしSが自力では動けず、救急搬送。

以前入院してたF病院に搬送して頂いた。


「救命救急」「交通事故」

どちらも重い言葉である。

Sに面会すると、首に重々しいコルセットが装着されていた。

もしや首をやったか!と覚悟をしたが、手足のしびれを訴えているため予防的措置らしい。

安心。

しかし腹痛強く、CTにより内蔵にエアが認められ。

消化管のどこかが損傷している可能性が高い、と。

外科の先生とも協議し、開腹手術となった。

また手術・・・。


それにしても消化管・・・のどこだろう。

「何度か切っているし、小腸の可能性が高い。」

う゛・・・小腸は既に短いので・・・。

もし小腸だった場合、縫うだけで済むんでしょうか?

「いや、外傷性の損傷の場合、損傷部位が複雑にダメージを負っている。輪切りにして縫い合わせる。」

え゛え゛え゛〜!!

小腸が更に短くなっちゃいます!

「当然、できる限り温存する。が損傷していた場合、他に手はない。」

それは・・・そうですね・・・。

あとは祈るしかない。

で、内視鏡ですか?

「いや、損傷部位を探すことになるので、視野が広い開腹手術になる。成人なので、縦に切る。」

出生時の開腹手術で、Sの腹部には切腹のような横の傷跡が残っている。

ここに縦とは・・・もう布教を考えてもいいのでは・・・。



23時からオペが開始され、終わったのは日をまたいで1時半。


「いやぁ、これまでのオペによる癒着が凄まじくて・・・開腹早々に実感したよ。」

と、お願いしておいた写真を見ながらご説明頂いた。

「ほら、これが大腸。ここに穴が開いている。」

穴は開いているが、薄皮一枚で塞がっており、便が腹腔内に大量にバラまかれる事態は免れた、とのこと。

また腸が短くなるような切除が不要であったのも幸運であった。


ゴロゴロとオペ室から出てきたS。
全麻酔が切れ、ぶるぶる震えている。

さ、コロナ対策で病室に入れないし、これにて帰宅・・・と思ったら、

「病室でSと面会できるようにしますね、少しお待ちください!」

と看護師Kさん。

いえいえ、小腸が無事だったので、もう結構です〜!

なんて言うこともできず・・・。

ちょっと、いやかなり待って、面会。

今は治療に専念しなとか言って、結局病院を出たのが3時半くらいだったかな。


帰り際、看護師Kさんから、

「充電器、イヤホンがあると便利ですよ!」

とアドバイスを頂いた。

夜勤の夜明けにそんな心遣い。

スゴイ人たちだなぁ、と改めて実感した。




令和6年2月25日(日)


朝から、被害者の方、救助してくださった方、保険会社に電話する。

本来本人が直接謝罪すべきところ、入院中にて代わりに父親である私からお詫び申し上げます、と・・・。

幸い皆さまお優しい方々で、良かった・・・。


あと本当なら今日はイチゴ狩りに行く予定だった。

先方には何度か電話したんだけど、つながらなかった。

無断でキャンセル、ゴメンナサイ。


で、昨日看護師さんから言われた三種の神器を持ち、Sの病院へ。

コロナ対策で面会はできない、係りの方に渡すだけ。


お母さんはSに手紙をしたためる。

Hにも絵手紙を描かせる。

そうだ、Hには緊急搬送されたSの写真を見せてあげよう。

ニイニ、こんなになっちゃって、病院にいるんだよ。

今からその病院に行くよ、会えないけどね・・・。


Hが描いた絵。

搬送されたニイニの図。




令和6年2月26日(月)

朝歩き。

順調。



昼に病院から連絡があり、消化器外科の一般病棟へ移動する、と。

ベッドに空きがなく、個室になるそうだ。

ラッキー。



Hが運転していたウチの車を確認しに、レッカー会社に。

アララララ、これは酷い。

前がグチャリと潰れている。

・・・よく命があったよなぁ。


家に帰って、ドラレコを確認。

S・・・確かに寝ている、はみ出している。

対向車に衝突し、エアバックに顔が突っ込む。

衝撃で気を失い、再びエアバックに突っ伏した。

トラウマ級の映像だ、これ。


でも・・・。

もっとアクセルを踏んでいたら・・・。

対向車線ではなく、歩道の方に突っ込んでいたら・・・。

誰かを殺めていたかもしれない。

自分がオペになるくらい、しかも貴重な小腸は、無事。

実はS,お前は気が付いていないいないだろうが、強運を持っている強運を持っているんだぞ。

それを気が付かないのが不幸なんだ。


夕方学童にHを迎えに行く。

「つかぬことをお伺いしますが・・・」と学童の先生。

「お兄さんに何かありましたか?」と。

実は、事故を起こしてしまいまして・・・。

命に別条はないのですが・・・。


「そうだったんですか!Hくん「ニイニ、しんだ!しんだ!」って言うものですから・・・。

お〜い、S〜。

お前、死んじゃってるぞぉ〜・・・。

H作ニイニの絵。

「むし」とあるから、家の部屋か。
「ごめんなさい」と読めなくもない。

吐血してるし。



小学校の連絡帳には、しっかり書いておいたので、妙な誤解はなかった。

ただ、朝のHは興奮して、お兄さんの一大事を伝えてきたそうだ。

夜。

SからLINEが。

ホウ、そこまで回復したか。

しかし相変わらずそっけない。

ありがとうもごめんも一言もない。

お母さんと「う〜ん・・・」と悩んだが、これは・・・。


個室なので、Sに電話。

Sから状況を聞き、続いてこちらの状況を。

流石のSも、鳴き始めたよ。

Sは異常に感情を押し殺すところがある。

それは辛いことばかりでなく、楽しいことも。

喜怒哀楽がなく、人生楽しくなかろうに。

今回の件は、当然だが深く反省しているようだ。

いや、コトの重大さからすれば当然なんだけど、Sがここまで反省するのは初めてかも。


もう、生まれ変わるくらいの気持ちでね。

ここまでのコトを与えないと、Sは変わらない。

そう神様が考えられたのかもよ。

全員命に別状はない。

必ずや今後の人生の糧にしてもらいたい。






令和6年2月27日(火)

朝歩き。

早めに出発、心に余裕。


Sからは何の連絡もない。

今日持って行った靴のお礼もない。

この状況で何にも無いんじゃぁ、人としての成長は、もう見込めんだろな・・・。


夕方、執刀してくださったHD先生からお電話を頂き、状況を伺うことができた。

大腸以外の全身状態は改善がみられる。
しかし感染の数値がまだ高い。
強い抗菌剤が使えないので、本人の免疫力が頼りである。
ただ、数値は少しずつではあるが、下がる傾向にあるように思う。

とのことだった。
そして、

TB先生からNST(栄養チーム)に指示があり、経口摂取が開始されれば食事は工夫されるだろう、とのこと。
ありがたいです。

また退院については、

理想的な回復をすればだが・・・術後2週間の来週末くらいだろう。


とのことであった。

先生、宜しくお願いします。



令和6年2月28日(水)

今朝もトボトボ朝歩き。


S、炎症の数値は落ちてきているのかな?

心配でLINEしてみる。

夜に既読になったが、返事がない。


もう普段から返事がないやつなので、普段通りなのか具合が悪くてLINEもできないのかわからない!

困ったもんだ。



令和6年2月29日(木)


Sからの連絡もなく、お母さんが本人にLINEと電話。

やはりまだ傷口が相当痛いのと、スマホも疲れるからそんなに使えない、と。

食欲もないそうだ、まだ絶食期間だが。

それでもリハビリは頑張ってる、と。


お母さんがHとテレビ電話すると、しかめっ面で辛そうだったって。

でもHを見ると嬉しそうに、兄貴の顔になったって。


身体の傷が癒えるには、栄養が必要。

しかしまだ経口摂取を始めることができない。

苦しい期間だ。


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