令和6年11月11日(月)

似たもの同士のジャレ合い。



カーペットを折りたたんでるのは、メイがウンをするようになってしまったから・・・。

気が付かないように、徐々に戻してみる作戦。



令和6年11月12日(火)

お休みです。


 
令和6年11月13日(水)


H迎え。
鼻からくる咳で、耳鼻咽喉を受診。


先生喉を確認され、問題ない、と。

しかし粘度の高い鼻があることから、抗生剤を処方して頂く。

〆のネブライザー。



令和6年11月14日(木)

お休みです。




令和6年11月15日(金)


朝歩き。



最近のH、イヤイヤが激しくなってきている気がする・・・。

何をするにもギャーギャーうるさい。

疲れる・・・。




令和6年11月16日(土)

直した跡がよくわからないという声が。

左の後ろ、給油口のあたり。
ついでに右前も直そうかと思ってる。
お出かけ。

子供会のミカン狩り。
が、歩みが遅い・・・。
いつもは自分たちの丁目だけでやるのだが、今回は全部のそれに声をかけたらしい。

少子化だ。
なので1組10個まで。
バシバシ切ってくH。
団子。




令和6年11月17日(日)

結婚記念日の今日、事件が起こる。

午前、お母さんが腹痛で、救急を要請する。


救急車の中で、搬送を待つ間・・・。

これ・・・入院だよな・・・。

入院なら着替えが居るが、それはまた取りに帰ればいいか。←何を用意すればいいかわからない

それより明日から子らの学校とかどうしよう・・・。

学校っていうか?生活全般どうすればいい?!

それより、もしかしてもしかして、フジの病で4んじまったらどうすんの?

なんてことがアタマをヨギり。

いやいや、悲しいとかそういう感情論は後からでいい、そうと決まったワケではないし。

実際当面、これから俺1人で??

どうやって???

などと路頭に迷いつつ・・・。

迷っても答えがないので、その心配は放置することにする。

結局・・・。

X線で特に問題がないとのことで帰宅となった・・・。

が・・・。


午後の隙間時間に。

こんな感じになった。



令和6年11月18日(月)

未明、お母さんの腹痛が再発。

再び救急車を要請。

う〜ん・・・。


それにしても、24時間未満で2回も救急車に乗ると、さすがに肝も据わったゼ。
考えてみれば、以前にも親のそれに何度か乗ったってのもあるしな。



救急車が到着するまでに、家の中の通路の確保。
担架で運び出されるから、邪魔にならないように。
そして、特に猫が外に出ないよう、他の部屋に閉じ込める。

救急隊が到着すると、色々状況を問われるのに並行し、すぐに保険証と薬手帳の確認が入るので、用意しておくこと。
(マイナ保険証になったら、どう確認するんだろう?)

救急車に積まれた後、搬送先を探していくが、近くの病院が受け入れてくれることを祈るばかり。
持病等でかかっている病院があれば、まずそこをお願いしてみよう。
今回は特に指定せず、近い順に探してもらった。

救急車の付き添いは、少なくとも受け入れ先が決まるまで、救急車の中で待機させられる。
特に1回目のは日曜日ってこともあり、搬送先が決まるまで結構時間がかかったなぁ。
搬送先の病院が決まったら、後で慌てないように、スマホか何かでメモを取っておこう。

救急隊からは救急車に同乗していくか、別に自力で搬送先に向かう(「後追い」という)か尋ねられる。
車があれば、迷わず「後追い」を選択する。
同乗して「入院の必要なし」とされれば、帰る足がないから。
パジャマとかだと更に困難。

いよいよ病院が決まると、やっと救急車は出発となる。
後追いだと、この時点で下車させてもらう。
その際、救急車のナンバーを4ケタの数字だけでもいいので、メモっておこう。

救急隊は、患者を病院に搬送後、後追いの家族にも特に何も言わずに去っていく。
こちらから声をかけねば、もう会うことはないのだ。

だから、私は救急車のナンバーをメモっておき、病院に到着後、まず緊急搬送口に救急車を探すことにしている。
お礼を言いたいから、ね。
救急車が複数台居る時もあるので、ナンバーのメモは必須なのさ。

さて、2回目の病院では、CT検査を。
尿の色も変わってきている状況もあり、尿管結石と診断された。
痛がるはずだ・・・。

でも原因が分かれば安心だ。
坐剤の鎮痛剤等を頂き、帰宅する。

いやもう疲労と眠気で困憊だ。

朝、Hを学校にバス停まで送る。
その後は夕方まで意識を失うかのように、寝た。





令和6年11月19日(火)〜20日(水)

お休みです。


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