短小腸の治療

藤が丘病院における短小腸治療


平成19年7月20日改定 学会報告(2.胃ロウの活用)
平成19年7月5日改定(下線部
) 「適応」ではなく「馴化」でした。
平成19年3月19日改定
平成19年3月15日改定
平成19年3月4日作成

○はじめに

 新生児の小腸は70〜80cmと言われています。何らかの理由でその小腸を大量に失った場合、将来IVH(中心静脈栄養)に頼らず経口栄養のみで生きられるとされるラインは、回盲弁(※)が温存されていることを前提に、一般的に残存20cm、回盲弁を失うと30〜40cmと言われています。またIVHを離脱できたとしても、どの程度食事の制限が緩和されるかは別の次元の問題になります。通常は経腸栄養を入れることが唯一馴化を起こさせる手段です。現在の医学を以てしてもなお、失われた小腸の機能を効果的に回復させる術はないのです。

 そのような状況のなか、Sの残存小腸は17cm、しかも回盲弁までも失われているという圧倒的に不利な状態であったにもかかわらず、ほぼ通常食が食べられるまで回復しています。もちろんS以外にも実績があります。
 同じ障害に苦しむ方々への参考になればと、その特徴をご紹介いたします。

※:回盲弁 小腸と大腸とのつなぎ目にある弁


藤が丘病院における短小腸治療

 藤が丘病院における短小腸治療は、残った腸の潜在能力を絞り出し、残存小腸の栄養吸収能力を高める治療が行われます。残存小腸を太く、そして表面の栄養吸収組織の発達を促すべく、様々な手法の相乗効果を用いるのが特徴です。

1.徹底した栄養管理

 栄養吸収を担う小腸を大量に失うと、当然の結果として栄養吸収障害に見舞われ、放置していては、成長どころか生命維持さえ危うくなります。この問題を解決し、短小腸患児の長期生存を可能にしたのがIVHです。IVHは、別名TPN(TPN:Total Parenteral Nutrition:完全静脈栄養)と言われている通り、理論上人体に必要とされる全ての栄養素が調合されているのです。

 しかし「完全」なはずであるIVHも、十分な長さの小腸を通して食物から自然と吸収される栄養やその体内動態と比べると、やはり完璧とは言いのが現実です。「食物には成長に必要な全ての栄養が詰まっている」正しく人知及ばず、自然の神秘がそこにあります。必要な栄養素が十分でなく栄養状態が悪い状態では、抵抗力や回復力も低下することは想像に難くありません。栄養が十分満ち足りた状態でないと、残った腸の回復・成長も望めないのです。

 この当たり前の状態をコンスタントに作り出すことは意外に難しく、しかも残存小腸が短いほどIVHに頼る割合が大きく、かつその期間も長くなり、残存腸の馴化を促すに十分な状態を維持することが困難になるという悪循環も起こります。そのためIVHの栄養の微調整、及び経口摂取可能な栄養素も含め、トータルでの栄養管理こそが全ての治療の基盤となり、要なのです。そして栄養管理こそ同病院の最も長けている技術の1つなのです。

 また残存小腸は負荷をかけなければ吸収されるようにはならず、残存腸が対応できる限界ギリギリまで「食べる」ことも大切です。この限界点の見極めながら経腸栄養を進めていくのです。具体的には消化吸収が難しい脂肪分と、栄養の吸収を妨げ腸に負担をかける食物繊維を大幅に制限することで、小腸の負担を軽減させながら行われます。Sは退院直前まで1日の脂肪が5g、食物繊維は2gに制限されていました(この食事内容を一般家庭で再現する事は困難です)。逆に言えば、脂肪10g、食物繊維5g摂れるようにようになったので、退院することができたとも言えるでしょう。何れにせよこの食事内容の微調整が「管理」であり、短小腸治療の大切なポイントの一つです。
 

2.胃ロウの活用

 胃ロウは体表から胃にバイパスを作り、直接胃に栄養剤を投与できるようにする技術です。元々嚥下能力の低下した患者のために開発されました。
 嚥下能力が低下した場合、胃までチューブを通し、直接胃に栄養剤を投与します。点滴やIVHと比べ、自分の腸から栄養を吸収させた方が体のためには良いからです。通常チューブは鼻から入れられるのですが、当然違和感が強く、生活の質を低下させます。しかし胃ロウを造設することにより、鼻に異物を通す苦痛から解放されるのです。

 この胃ロウを短小腸治療に用いるのが同病院の特徴の1つです。短小腸は腸が短く吸収面積が極端に少なくなっています。またその短さ故に、食物が小腸壁に十分接触することなく通過してしまいます。そこで胃ロウを通じて長時間少量ずつ栄養剤を連続投与することにより、残った短い腸からでも吸収しやすい状態を作りだすのです。吸収能力が高くエネルギーの消費が少ない就寝中に行うことで、効果が高まります。またチューブによる行動の制限も問題にはならなくなります。夜間胃ロウを用いることで、経腸栄養摂取の割合が増え、IVHの減量が期待できます。更に残存腸への負荷を増すことにより、馴化まで促すことができるのです。短小腸にとって、正に一石二鳥の技術なのです。もちろん胃ロウによって投与される栄養剤の内容にもこだわりがあり、最大限小腸の馴化を促すように調整されます。

Sの事例がTB先生により学会で報告されました。

3.カフ式CVカテーテル(IVH)

 IVHという画期的技術の発明により、栄養摂取障害児の長期生存が可能になりました。しかしながらその技術には宿命的な短所があり、時には逆に生命を脅かす事さえあります。
1つめは肝障害です。小腸を通じて吸収された栄養は血中に乗り、まず肝臓を通ります。人体に有害な物質を無害化するためです。しかし人工的に調整された高濃度の栄養が直接血中に入ると、不思議なことに肝臓を傷めるのです。
2つめは感染症です。長期生命を維持するための濃い栄養剤を投与するには、血流量の多い心臓近くまでルート(CVカテーテル:中心静脈カテーテル)を挿入せねばなりません。その異物を伝って直接体内中心部に菌やウイルスが進入すると容易に感染し、増殖した病原体はあっと言う間に体内に広がり重篤な状態に陥ります(敗血症)。

 これら欠点に対し、後者の感染の危険性を大幅に下げるのがカフと言われる皮下埋め込み型の器具です。カフは皮下で組織と結合し、ルート表面からの病原体の侵入を防ぎます。感染を予防することはつまり、感染により生命に危険が及ぶ可能性を下げるだけでなく、感染や感染疑いによる治療の「足踏み」を減らす事になるのです。IVHを投与するためのルートを挿入するの太い静脈には限りがあり、2度と同じ場所を使うことはできません。限りあるチャンスを有効に使うためにも、有効です。
 しかしながらカフ式カテーテルは一度感染を起こしてしまうと入れ替えるに侵襲性が高い。また身体が小さいと物理的にカフを挿入するのが困難であるという欠点もあります。ただ、Sは2年弱もの間、一度も感染を起こすことなく、たった1本のカテーテルで過ごすことができました。

4.成長因子の投与

 これまで一般的には残存小腸の伸長を促進するために、GH(成長ホルモン)やアミノ酸の一種であるグルタミンの効果が検討されていました。
 しかしながらリスク(副作用)のわりに思ったほどの効果が得られなかったり、動物実験で得られた効果がヒトでは確認できなかったり、従来腸の成長因子と考えられていたそれら成分は、現在治療に用いられることは少なくなりました。

 藤が丘病院では小腸の栄養吸収組織の成長因子として「ラクトフェリン」という成分を用いています。ラクトフェリンは母乳中に多く含まれるタンパク質で、抵抗力の弱い赤ちゃんを病原菌やウイルス等の感染から守る重要な成分として考えられています。またラクトフェリンには抗微生物作用、ビフィズス菌増殖作用、免疫調節作用等といった様々な効果が研究されておりますが、そのうちの一つに消化管粘膜上皮細胞などの増殖促進作用も報告されています。安全性が十分に確かめられているラクトフェリンにより、効果を得ています。

5.その他

 短小腸は食物繊維の影響を大きく受けます。食事中の食物繊維を制限し、腸の通過時間を遅らせたり、大腸の細胞のエネルギーとなる水溶性食物繊維を別途投与します。こうすることで必要量の食物繊維を摂取し、栄養吸収能に対する補助、大腸を丈夫にして下痢を起こしにくくする環境を作ります。
 その他にも短い腸の細菌バランスを整えるため、ビフィズス菌製剤を常用したり、胆汁分泌を促進する薬を用いたりと、細かな技を複合します。


○まとめ

1.栄養状態の改善
 如何なる治療も栄養状態が悪いと功を奏しません。全ては栄養状態を改善し、身体が成長するのに十分な栄養が満たされていて、そこから初めてスタートできるのです。全ての治療の基盤であり、要なのです。食事内容を細かに調整し経腸栄養を進めることで、馴化が起こるのです。
2.カフ式CVカテーテル
 IVHの弱点である感染症と抜去事故の可能性を減らすため、皮下にカフを入れ密着させます。雑菌がルートの外側面を伝って体内に進入するのを大幅に防ぎ、物理的に引き抜けにくくなります。
3.胃ロウ
 栄養吸収率の高い夜間に少量ずつ栄養剤を投与することにより経腸栄養の割合を増やすことができ、なおかつ腸の馴化を促します。就寝中に行うことにより、行動も妨げられることはありません。
4.小腸成長因子等投与
 小腸上皮細胞の成長因子となるラクトフェリンを用い、吸収面積の増加及び残存小腸の伸長を促します。ラクトフェリンは母乳中にも含まれる成分で、現在医薬品ではなく栄養補助食品(サプリメント)となっています。他にも腸内の環境を整える目的で、水溶性食物繊維やビフィズス菌を投与します。水溶性食物繊維は食物の通過時間を延長させ、更に大腸の発達も促し下痢を起こしにくくします。ビフィズス菌は腸内を良い環境に保ちます。


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