平成15年10月14日(火)

「今息子は腹を開かれているんだ」

そう思うといてもたっていられません。
相方と電話で話すも、お互い子供から離れたところにおり、
励ましあうより他に情報もありません。
時は既に翌日となり、そろそろ生後48時間であります。

3時頃だったか、K先生とN先生から報告の電話を受ける。

12:15 麻酔
01:15 手術開始
02:30 手術終了

・小腸がよじれていていた。(腸捻転)
・正常な位置に戻したが、悪い(虚血)部分に血液が通わない。
・少しでも回復を期待し、このまま閉じて、
 10〜12時間後に悪い部分を切除する手術を行う。


「また手術?!」

てっきり腸の一部分が、何らか閉塞を起こしただけだと思っていました。
いいえ、そう思いこまずにはいられなかったのです。
このころから

「死ぬかもしれない」

その一言が、払っても払っても、いつの間にか私の頭の中を占領しようと動き始めたのでした。

N先生「次の手術にはこちらにこられませんか?」

私「え、でもそれでは保険の申請はできませんよ?」

N先生「保険は明日でなくともよいですよ」

・・・現場の先生と会計とでは見解が異なるかもしれません。

私「また・・・ご連絡差し上げます。」

正直申し上げまして、保険の申請は大切だと思い始めていました。
申請していない分の医療費など出るはずもないでしょう、
2度も大手術を行ったあげく、もしものことがあったら・・・。
そのように考えたこと、遠くで闘っている息子になんと詫びたらよいか、わかりません。

しかし、親に精神的・金銭的ダメージが残るばかりでは、今後の一生にも関わります。
まず親が揺らぐわけにはいかないと思うのです。

息子がどこで踏ん張り留まってくれるか。
最悪のケースを回避するのも主の決断ではないでしょうか。
しかし私の胸は張り裂けんばかりでした。

そのとき産科のK先生から電話がありました。
明日の2度目の手術に来られるかと聞かれたので、事情を全て説明しました。
K先生もしばし迷われた後・・・

K先生「保険は後で構いません!来られるのだったら来てください」

そう仰られました。
もし最悪の心配が現実になったら、どうするおつもりだったのでしょう?

しかし私は即座に

朝一の新幹線で向かいます

と返事をしていました。
もちろん私が決断したこと、何がどうなっても本件で先生を責めるつもりは微塵もありませんでした。

「今度も長期戦になるぞ」

即座に荷造りを始めていました。

その2へ続く。