平成16年10月25(月) 後編
万が一の事態を考慮し、今回の輸送は安全第一の手段と季節を選びました。
(前々日には新潟を大きな地震が襲い、再び心を引き締めました。)
きっと息子は窓の外を見て、初めての光景に大はしゃぎ!
ちょっとしたピクニック気分を味わえると期待していました。
しかし・・・ぐっすり眠ったまま、ジジババに抱かれても起きません。
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ぐっすりの息子。 |
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べったりです。 |
「目覚めてババの胸だったら、どんな顔するだろう?!」
しかし・・・あまりにも寝過ぎ。
ほ乳瓶をくわえさすと、本能のように一気に飲み干したものの、
また眠りに落ちてゆきます。
寝汗も凄い。手足も熱い。
「熱中症では・・」
余裕も次第に失せ、焦りに変わってきました。
これまで起こして起きなかったことはなく、
またヒトがかまってくれる間は決して寝ようとしなかったヤツです。新横浜で東京のジジババに会う頃には、
「一刻でも早く!」
その思いでいっぱいでした。
新横浜からはジャンボタクシーでF院に向かいます。
次々抱っこされても起きない息子。
タクシーは信号という信号に、見事につかまりまる。
○「一日くらいIVH無しでも大丈夫って言われてるよな・・・」
×「でもおしっこもしてないぞ・・・」
○「涼しい季節を選んだよな・・・」
×「でも車中は結構暑かったぞ・・・」
○「寝顔はスヤスヤ、いい顔だよな・・・」
×「コイツがこんなに寝るわけないよな・・・」
自問自答です。
×「くったりしたらって、このことか・・・??」
F院はまだか!気は焦るばかりです。
F院が見えた時は本当にほっとしました。
小児科に運び込み、後は処置を待ちます。
入院の手続きを始める前、ジジジババババには私たちのマンションにお帰り頂きました。
私が戻ってもまだ息子は寝ています。
そして何の処置もされていません。
そんなに緊急では無いのだろうか。
「おそらく初めての移動で疲れただけでしょう。」
そうですか、よかった〜!!
私と相方も一息つかねばなりません。
後は任せ、一旦襲い食事に出かけます。
戻ってくると、息子にはいつものハイカリック液ベースの輸液がつながれています。
しかしシーツを取り替え中?
どうやら大量噴出があったよう。
全身脱力?大丈夫??
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本当に大丈夫?! |
心配をしていると、担当のTB先生が。
「軽い水分不足もあるのかもしれないが、おそらくは疲労によるものだろう。」
「大人だって長旅は疲れる。初めての外出だし、無理もない。」
続いて一通り説明をうけます。
・データーを受け取り、状況はわかったが、一応一通り検査する。
それによって「印象」を得ることができる。
・エレンタールは20mLから始める。特に最初は何事も慎重に、である。
・エレだけではなく、インパクトやビフィズス菌活性剤も与える。
あと胆汁の出をよくするウルソ。
・将来的には、まずIVH離脱を目指したい。
その後どこまで回復するかはわからないが、
IVHが不要になるだけでも、負担や危険は大きく軽減される。
・今はとにかく新しい環境に慣れることが大切である。
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エレで目を覚まし、その後少し絵本で遊ぶ。 やっと一安心。 |
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ルートの止め方も変わった。 Uの字に2カ所テープで止められています。 |
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そしてまた・・・ 前のめりに倒れ込み、寝てしまいました。 |
後は・・・
私も相方も疲労困憊、思い出せません。
細部も少し事実と異なっているかもしれません。
やっと目覚めた息子、何やら絵本で遊び始めました。
すぐにパタリと再び眠りに落ちましたが、安心しました。
何をしても起きない息子を残し、私たちは帰途につきました。
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疲れ果てた私たちですが、マンションにはまだジジジジババババが待っています。 転院祝いをしました。 |
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入院以来、毎日夜勤の看護婦さんがコメントを綴ってくださったノート。4冊にもなりました。 苦労と喜びの全てがつまっています。 |
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そして、これ。 看護婦さんの皆さんのお手紙とお写真が。 如何に息子が愛されていたかわかります。 お忙しい中、本当にありがとうございました。 もう、読み返すたびに涙が出ます。 ジジババまで涙してました。 私たちの宝物です。 ありがとうございました。 |