平成16年11月22日(月)
いよいよ手術の日。
私は出社のため一度スーツに着替えるも、腸炎の影響によりトイレに直行。
出社は無理と判断し、病院に行くことに決める。
こういうときは・・・神様が病院に行けと言っているのだろう。
無理に逆らうことはしまい(と、自分を納得させる)
相方と共にF院へ。
ぐずり顔だが元気そう。
末梢の点滴が左手に替わっている。
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点滴が左になってる・・・漏れたな。 ヒョウ柄?おしゃれじゃん。 |
右手が少しむくんでいる。
点滴漏れだろう。
昔から点滴トラブルが多かったしな。
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右手はぷっくりでした。 |
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手術まで、寸暇を惜しんで遊びます。 (Oご夫妻、R君、ぐっすり寝ていたN君、ありがとうございました。) |
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片手が使えないので、ちょっとイライラ。 |
消灯台の上に座剤殻を発見。
これが術前の麻酔か。
相方が急によだれかけを替えようと言い出す。
「手術前は消えそうな薄い色より、元気の出る赤い色にするの」
相方なりのゲン担ぎである。
9時になり手術室へ向かう。
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外に出る時はいつも痛いことをされる時。 でも、ぜーんぜんわかっていないようです。 |
1年前、小腸の長さが決まる3度目の手術。
涙が止まらなかったことを思い出す。
しかし今回は今後の成長のための前向きな手術である。
私も相方も、成功と将来の成長を信じきっている。
笑顔で送り出す事ができた。
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これが最後の写真になるかも・・・ なーんてマイナス思考は、これっぽっちも浮かんできませんでした。(笑) ちなみに虐待の図ではありません。 前髪を上げているだけです。 |
さて・・・
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手術を待つ間、これで拘束されるのか、なんて時間を潰しつつ・・・。 |
12時50分、IS先生が
「手術が終わった」
と伝えに来てくださった。
続いてTB先生。
手術は無事に終わった。
ただ狙っていた左外頸静脈は詰まっており、
上手くチューブが入らなかった。
心臓よりかなり手前、おそらくは以前の傷の跡かもしれない。
外頸静脈は左右2本ずつあり、両方(左2本)を潰してしまうと、
さすがに頭からの血が戻らなくなる。
左は諦めざるを得なかった。
外頸静脈は通常麻酔下で拡張し、皮膚表面から確認できるようになるのだが、
右側も確認しづらく、おそらく詰まっているものと判断し、トライしなかった。
下腿の大伏在静脈から入れ、出口をお腹に作った。
胃ろうは縦に切開するだけで済んだ。
癒着は酷く、胃が全体的に癒着していたのと、
予想通り大腸の一部を噛んでいた。肝臓も癒着していた。
癒着剥離によるダメージは大きく、回復までには時間がかかるだろう。
しかし小腸そのものに傷をつけることはなかった。
おそらく今回の手術で(癒着による)将来的な心配はないだろう。
との事。
13時20分、息子が運ばれてくる。おお、起きている。
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いやぁ〜よねぇ〜、まったくもぉ〜・・・ |
ベッドに戻され、手術の確認。
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汚い図でごめんなさい。 |
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ちなみに左手もぷっくりと・・・。 |
その後抑制帯で縛られる。
MF先生
(カフに)肉瘤が付き、固定されるまでが心配である。
栄養状態が万全とはいえず、肉瘤形成が遅れることがある。
しかし脂肪の付きは思ったよりよい。
そうですか。
まともな体だったら、巨デブ児になっていたかもしれませんね・・・
とにかく暴れて管を引き抜かないかが心配です。
「引き抜かれたら、半べそじゃあ済まないよ」
本当に大変な手術だったんですね。
相方は息子に手術の説明をしています。
「この子はちゃんと説明すると安心して寝るの」
ホントか?!
でも息子はうとうと眠りに入りました。
先生、麻酔か痛み止め、効いてるんですか?
TB先生
このくらいの子には術後に痛み止めは用いない。
痛みには凄く鈍感である。
小学校に上がる前あたりから、痛みに敏感になる。
まだ言葉も喋れず、鎮痛剤を使うと何かあった時に状態をつかめない。
今日はおそらくこんな感じでうとうと寝たり起きたりだろう。
そうですか。
とにかくこの疾患と闘うための武器を2つ得た気分です。
本当にありがとうございました。
今日はそっと寝かせておき、明日に備え私たちも休息をとることにする。
また明日。
管、引き抜くなよ。
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今日は夢うつつ・・・ よく頑張った。 ゆっくりお休み。 ちなみに両足からも末梢点滴入ってます。 (うち1本は予備) |