平成20年1月2日(水)


名古屋場所 最終日。


Sにとって誰もが「かまってくれる」至極の時間だった。
何をしても怒られず、一軒家だけに跳ねても飛んでもおとがめなし。
アーンと泣けば、手を差し伸べてもらえる。
それが日常と思うなよ。

大好きな新幹線。

あっちが来た、こっちが来たで、
右往左往。
ちなみに名古屋の地下鉄には、
ドアの横にこのような鏡がある。

ちなみに東京と大阪、
西と東ではエレベータの立ち位置が違う。
東京では左は立ちんぼ、右は歩き。
大阪は逆。

この鏡はあまり知られていないが、
あると便利なのだそうだ。


いろいろ文化があるねぃ。
富士山は、行きも帰りも2人席側。
来る時は車両の一番前に座って散々だった。
帰りは逆に一番後ろにしてみた。

後ろに人がいないと座席を倒したい放題だし、
そこには荷物を置くスペースがある。
やっぱり一番後ろが良い。

帰りは3人席だったがだったが、
すぐそこの連結部分に行けば富士山もこの通り。
今までで、一番クリアーなそれであった。
Sも全く酔うことなく、楽しそう。




コイツと新幹線に乗るのはこれで4本目だ。

Sが生まれてから3年間、ずっと病院で育った。
しかし僅か一瞬だけ、医療を離れSの命、
全てを自分たちの手にゆだねられた時間がある。
それが名古屋→横浜の病院へ転院する道中だ。

途中Sは意識不明さながらグッタリしてしまったので、
「脱水→生命の危機」かと非常に気を揉んだ。
写真が残っているせいかもしれないが、
新幹線の中での状況はとても鮮明に思い出される。

最近はますます減らず口を叩くようになり、本気で腹立つこともしばしばだが、
よくぞここまで生き抜いた。
よくぞここまで育ってくれた。
と、新幹線ではついつい感慨にふけってしまう。




感傷ついでに年末の〆で書き漏らした事を2、3。

コイツが生まれて間もなく、一生食うことができないと宣告された時。
俺はこの手でコイツの人生を終わらせてしまおうかと本気で思った。

しかし、コイツ自身が「誰も死にたいと思って生まれてはこない」と、
自身をもって私に思い知らせてくれた。

そりゃあSが背負った運命や宿命が、無かったことになるのが一番良いさ。
でも多くの人に助けられ励まされ、また多くの事を学ばせてもらった。
それにSを介して知り合った方々と巡り会うことのない、「もし」の別な人生。
そんなもの、もはや私には想像することすらできない。



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