平成21年3月18日(水)


朝からSの調子が悪い。
これまでの好調さが嘘のようだ。

ご飯を少し食べたら、

S「お腹が痛い・・・は、吐く・・・」


な、なにぃ〜!


実は今日は終業式。
こんな大切なイベントの日に・・・このタヌキ小僧がぁ!


昨日菓子を食い過ぎたのか。

少し嘔吐。
横にさせる。


インフルエンザも、季節外れだが再度勢力を取り戻している。
もしかして胃腸風邪か。

でも便状は悪くない。
昨日のお菓子の線は消していいだろう。

もしかして、本当に状態が悪いのか。
幼稚園どころか、大病だったらどうしよう。

腸を切って繋いでいるので、閉塞や癒着、出血・・・。
でもそこはTB先生が太鼓判を押されている。
その線もない。

本当にどうしたものだろう。

でも、何かおかしい。
どうも変だ。
横になったままだが、チラチラと絵本を見たりしている。
その余裕は何なのだろう。

右に転ぶか、左に転ぶか。
もしかしてヤバイかもとは思いつつ、
ここは半ば強引気味でも、幼稚園に行かすことにしたおママ。

その間も歯磨きでは、ペッと出すのに洗面所の床にビシャッっと出している。
ならばと台に上らせたら、今度は転げ落ちて大の字になっている。

本当におかしいことはおかしい。


電車を待つ駅のホーム。
そこでもプチ嘔吐。
電車を数本やり過ごす。

ここでも選択する余地はあったのだが、
意を決して電車に乗る事にした。

幼稚園のある駅には着いたが、ホームでお腹が痛くて動けなくなる。
幼稚園に横になる場所がある、ダメならそこに居ればいいからと何とか連れていこうとするが、
ジジババの家で休むだの、ここで待ってるだの、
とにかくも幼稚園には行きたくないと言う。

困った。終業式だから、もって帰らねばならない物も多いのに・・・。

おママはここで時間をとって、何で行きたくないかSの心を紐解くことにした。

誰かに酷くいじめられたりとか?

ちがう、ちがう。

実は先生が嫌いだとか?

ちがうちがう。

そうやって一つずつ潰してゆく。
そしてついに核心へと辿り着いた。

今日は終業式。
これでみんなと、先生と、バラバラに分かれてしまう。

終業式に行っちゃうと、本当に全てが終わってしまう。
行かなければ、もしかして。
言っちゃうと、必ず。

だから、行きたくないんだと・・・。


まだ言葉にこそならなかったが、
感情はここまで育っていた。

おママは我が子ながら、綺麗な心に感動して涙してしまったそうだ。
これまでの苦労の日々。
溶け込むのにも大変だっただろう。
それに、心が純粋。

そしておママはSの腹痛が精神的ストレスによるによるもだと確信したそうだ。
りょうくんが昔、ガスを我慢してお腹が痛くなったというエピソードは、
私達にとっても忘れられない話である。
それほど短い腸は繊細で、物理的、精神的ストレスに弱いのだ。

おママはそのSの考えは素敵だよ、良い心だよと言うと、
Sは意を決したように、幼稚園に行くと言ってくれたそうだ。

ボケら〜っとしているS。


それでも体が心の変化にすぐには対応できるはずはない。
先生に事情を話し、修行式の席を後列にしてもらう。

案の定、トイレに2回。
やっと腸が動き出したのだろう。

担任の先生と。
副担の先生と。
そしていつもの仲良し組と。



帰ってきて、すぐに朝ご飯の残りを食べた。
もちろん全部は食べられない。

横にさせると、すぐに落ちてしまった。

よほど思い詰めていたのだろう。
疲れ果てているようだった。
確かにここのところのうなされ具合も凄まじかった。




寝入って間もなく、コロコロというお腹の音が聞こえだした。

短い腸は栄養の吸収能力を高めるため、
径を太くすることで食物と接触する表面積を増やし、
体の要求を満たそうとする。

腸が太いので、蠕動の音が大きくなる。
空腹だとグ〜と鳴るのとは逆で、
Sは食べるとコロコロと音がするのだ。

まだガスも多い。
やっぱり腸が動かず溜まっていたのだ。



夜はバクバク食べたが、やはり本調子ではなかったのだろう、
半量程度で残してしまった。

夜は大事をとって早く寝かせたのだが、昼寝をしていた分、寝付けないようであった。
私が帰宅するとゴソゴソと起きてきて、

S「お腹空いた〜!」

残したご飯を平らげてしまった。



トイレにも駆け込んだが、腸で止まっていたものが出たのだろう。
これでリセットになったはずである。


体がついてこないと、心もまたついてこない。
明日には好調さを取り戻すだろう。

ついには跳び箱まで始めてしまった。

部屋が散らかっていて、とても見せられない。



そうそう、おママは先生の、

「今日は全員揃って終業式を迎えることができました。」

のお言葉に、ついついジ〜ンと来てしまったそうだ。

この1年、苦労の連続だった。
いや、これまでの5年と半年は、毎日が必死で生きてきた。
今日は集大成、努力の縮図のような1日であった。



あそこでSの心を聞き出せなかったとしたら、どうなっていただろう。

今日行けなかったら、大げさな言い方かもしれないが、
逃げ出すことを覚えてしまう所だったかもしれない。
負け犬になっていたかもしれない。

上手く言葉で表現することができない、
感情にまかせて行動で訴えることもできない狭間の期間。
見逃さないのが大切だと、改めて実感した1日でもあった。
そしてSがブルーになった1日だった。


全員揃いましたの図。

1年間、ありがとうございました。


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