小腸の知識

 小腸はもともと表面の粘膜の入れ替わりが早くガンなどになりにくいこと、6m近くあるので検査自体も難しく通常では行われないことから、とても大きな(長い)臓器でありながらあまり話題にされることはありません。私もSが小腸を大量に失うまで、これほど大切な臓器だとは思いませんでした。小腸に関する知識をまとめてみました。

1.小腸の形態

(1)長さ

 小腸は体の中で最も長い臓器です。伸縮性のある臓器で、成人では約5mとも7mともといわれています。食道から肛門までの消化管の全長が8〜9m程度ですから、小腸が占める割合は非常に多いんですね。新生児では70cm程度と言われています。 
 さてその小腸は、口側から十二指腸、空腸、回腸の3つに区分けされています。胃のすぐ下にあるのが十二指腸です。大人の「指十二本分」程度の長さと言われています。十二指腸を除く大部分の小腸は、上部2/5が空腸,下部3/5が回腸とされています。でも空腸と回腸の見た目の差はあまりないそうです。


(2)面積

 小腸の壁には無数の凹凸(ヒダ)があり、その表面は絨毛という細かい突起で覆われています。その繊毛の表面には、更に微繊毛という細かい突起がびっしりと覆っています。それらを平面に伸ばすと、成人での総面積はテニスコート1面分とも2面分とも言われています。面積が広ければ広いほど食物が腸壁に接触でき、栄養を吸収するのに有利になります。


突起で面積が広がるワケ。

1.平面。



2.一部分が出っ張ったら、あら不思議、黄色い部分(矢印一周)の面積が増えました。小腸はヒダ−繊毛−微繊毛の3段階の出っ張りで、飛躍的に表面積を稼いでいるのです。

2.小腸の役割

(1)栄養吸収

 1)唯一の栄養吸収器官
 小腸の一番重要な役割は、何と言っても栄養の吸収でしょう。胃や大腸も水、塩類の一部、アルコールなどを吸収できますが、それはほんの僅かに過ぎません。
 胃を失っても小腸が、大腸を失っても小腸がその役割を果たします。しかし小腸の代わりを務められる臓器は他にないのです。小腸はそれだけ大仕事をする臓器なんですね。
 2)栄養吸収部位
 小腸はその部位により吸収する栄養素が異なることは、一般にはあまり知られていないと思います。小腸壁は栄養物質を選択的に吸収し、余計な物質は吸収しないようになっています。下の図は、小腸の栄養吸収部位の模式図です。小腸は部位によりその役割が異なるのであれば、単に残存長だけの問題ではなく、どの部分が失われるか(どの部分が残るか)によって障害が異なることも理解できると思います。





(2)腸管免疫

 小腸のもう一つの大きな役割として、免疫機能があります。
 体表(皮膚など)は常に細菌やウイルスといった病原体に曝されており、その侵入と闘っています。小腸をはじめ、胃や大腸といった消化管は、口から入った物質が通過し、最終的には身体の外へ出ていきます。しかし仮に身体を1本のパイプに例えると、パイプの外面(皮膚)だけでなく内面(消化管内)も外界に接しており、実は共に「身体の外」であるという考えを理解しやすいと思います。

人をパイプに例えると、パイプの内も外も「外」である。







・・・ヒト?


しかも小腸はそれら招かれざる客の侵入は防ぎつつ、必要な栄養は体内に取り込まなければなりません。そのため小腸にはそこには強力な軍隊(免疫機能)が配置されているのです。その軍隊は特に腸管免疫と呼ばれています。腸管免疫は全身の免疫機能に大きな影響を与える免疫器官なのです。
 しかし小腸の全てを失ってしまったり、IVHに頼りっきりで口から一切の食物を取れないなど、その強力な免疫機能が働かない(働けない)状態が長く続いてしまうと、その強力な免疫機能が失われていきます。すると全身の免疫力まで低下してしまうのです。小腸は名実共に最大の免疫器官でもあるのです。

   

3.代償機能と適応反応

(1)代償機能

 ある器官はその一部が失われても、残った他の臓器がそれを補うように働き、生命維持に務める性質があります。代償機能と言われます。たとえば腎臓は片方を失っても、残った腎臓何れ生活に支障はなくなる程度に機能が高まります。また胃を失っても小腸が、大腸を失っても小腸がその機能を果たすようになります(小腸の能力はそれだけ高く複雑なのです)。しかしこういった代償機能は極一部の臓器にある能力で、多くの臓器は他に代替が利きません。残念ながら小腸もまたしかり、小腸の役割を果たせる臓器は他にありません。

(2)適応反応

 小腸は更に悪いことに大量に切除してしまうと、どういうわけか通常成長と共に起こるはずの腸の伸長が、逆に滞ってしまうと言われています。通常新生児で70cmの小腸は、成人では10倍近い6m近くになるのに対し、残存20cmだと、10倍の2mになるどころか2〜3倍の60cm程度にしか伸長しないというのです。小腸の代わりを果たす臓器はないどころか、小腸そのものも切り取られると成長が悪くなってしまうんです。
 ただ小腸も切られっぱなしではありません。残った部分で何とか栄養を吸収しようと、残存部分が太くなるのです。そして小腸の表面積を増すために、突起の密度・高さも増加します。残った部分が失った部分を補おうとする変化を適応といいます。上で述べたように小腸は部位により吸収する物質が異なりますが、それも残った部位に適応が起こるようです。回腸より空腸の方が吸収能力が高く、適応も起こりやすいようです。
 ただし、こういった適応反応も経口(経腸)で食物が入らないと起こることはありません。如何に最大限適応を起こさせるか。それは経口栄養を用いた長期間の適切な管理が必要になるのです。また年齢も若いほどよく、成人でSのように小腸を大量に失うと、ここまでの適応は期待できません。それどころか生命維持すら危うくなるそうです。


4.回盲弁(バウヒン弁、ボーアン弁)

 回盲弁とは小腸と大腸のつなぎ目にある弁であり、大腸からの逆流を防いでいます。この回盲弁が栄養吸収においては優秀で、短小腸では回盲弁の有無が大きく予後を左右するのです。残念ながらSはこの回盲弁まで失ってしまいました。普段は全くその存在を意識しない弁ですが、これほど要と思ったことはありません。

5.短腸症候群(Short bouel syndrome)

 短腸症候群は短小腸、短腸症とも呼ばれます。何らかの理由で小腸の機能が障害され、栄養の吸収が十分出来ない状態を短腸症候群と云います。Sの場合は小腸の大量切除でした。

6.小腸の移植

 小腸の移植は肝臓や腎臓のそれに比べ、まだまだ手技が確立していません。その理由の一つは、小腸は免疫を司る器官であり、移植に大敵な「免疫」機能の塊であることです。
つまり別の人の「異物を攻撃する」ための高性能な軍隊をお腹の中に入れるのですから、その制御が如何に難しいかわかると思います。国内においては小腸を移植しないと生命に危険が及ぶ場合、他に代替案がない場合にのみ移植が行われるのが現状です。また症例数が少なく、保険対象になっておりません。(つまり国内・海外問わず、原則自費になります。)
小腸の免疫機能の調整に肝臓が大きく関係していることもわかっており、海外では肝臓を含めた多臓器移植(消化管まるごと)が行われます。日本はただでさえ提供者が不足していますし、いろいろな意味でかなり難しいのが現実です。


7.小腸の再生医療

 移植はどうしても免疫反応の制御が必要になり、そのため小腸移植を難題なものにしています。ならば自分の身体由来の細胞から目的の器官を作れないかという試みが研究されています。将来どの器官になるか決まっていない未分化の細胞を用い、目的の臓器に成長するよう制御するのです。理論的にはどのような器官でも作り出せてしまうのですが、現状では内臓の臓器そのものを作ることはまだ難しく、まだ軟骨のように単純なものが実現されているに過ぎません。また小腸はことのほか複雑な器官ですから、研究も思うより進んでいないようです。まだ動物実験段階です。

平成19年3月15日作成