平成24年2月7日(火)

おママがHの面会に。
そこに先生からお話が。


ずいぶんと良くなった。
酸素の補助は入院時の1/3でよくなった。

昨日撮ったX線写真。
炎症の白い影が減っている。





明日明後日で酸素を止めて様子を見たい。
問題がなければ、早ければ金曜にも退院できるだろう。



とのことであった。


ゼロゼロ感がなくなった後も、
白い影が完全に消えるのには時間がかかる。

しかし血液検査の炎症反応も下がっている。
点滴も今日で止めた。
(抗生剤は明後日まで継続するので、針は留置したまま)



そして入院後に再度撮影した画像を見せて頂いた。


肺の上部が潰れている。 (←ロールオーバー有り)
かなり良くない状態であった。





つまり入院時はまだピークではなかったってこと。
ケッコー危ない状態だったんだな・・・。


退院してしばらくは、まぁインフルエンザの時期でもあるし、
家でゆっくりさせること。



との事であった。

今日も表情は良い。


看護師さんからよく「かわいい」と言われるそう。
社交辞令というわけでもないらしい。
このボケラ具合がくすぐるのだろうか。

よく首は動くようになったが、
寝てばっかりだったせいか頭の絶壁が増したようにも思う。

横を向いた姿は、まるでクッキーマンのようだ。





平成24年2月8日(水)


おママが外出中、携帯が鳴る。
小学校からだった。

Sがお腹が痛いと言って、2回嘔吐したそうだ。
保健室で寝ているので迎えに来て欲しい、とのこと。


うわぁ、どうしたS。

インフルエンザだけでなく、胃腸風邪も流行っている。
体重がまだ戻りきっていないのに、ここで躓くのは痛すぎる。

それに、退院してくるHにうつったりしたら・・・。


慌ててSを回収。

おママと相談し、今日はおママの代わりにオレがHの面会に行くことにする。
今日は休もうと思っていたのにぃ


しかし思ったより元気で、帰宅後すぐに遊び始めてしまう。

でも、おママはSを残してHの面会に行くのはどうか・・・。
夕方になってしまったし・・・。


と、おママが悩んでいるうちに、逆にSから面会に行かないのか聞かれてしまう。


マ「Sが入院中、おママが面会に来なかった時はどうだった?」


S「1日中、ずっとまってた。だからHのめん会に行ってあげて?」


急遽作戦を再々変更。
おママが夕方から面会で、私が夕食までに帰ってくることになった。


私が帰宅すると、Sはリビングに敷いた布団で、TVを見ている。

夕食は好物の鳥か、あっさりのうどんがいいか?。
むっくと起きあがり、鳥がいいと。
食欲はあるようだ。

しかしSの目が・・・上目蓋が腫れぼったい。
一見元気だが、明らかに何かがおかしいな、こりゃ。


ちょっと量が多いかなと思ったが、夕食を完食。
ただ、途中で少しお腹が痛いと言ったのも気になる。

明日はTB先生の診察だし、その点は安心なのだが・・・。

自ら横になる。

絶対どこかがおかしいぞ、オマエ。




さて、Hの面会。

あら、まだ鼻の酸素チューブが付いたまま。


午前中に一度外してみたが、酸素濃度が下がってしまった。


ということで、今日の酸素離脱は達せられなかった。

Hは生後、血中酸素濃度が急激に下がる状態が続き、入院が長引いた。
しかし退院後もその状態がずっと継続しているのではないだろうか?

とも思う。
まぁ、最短金曜退院向け、明日もうワンチャンスある。


しかし、体調を崩して以来、始めてHに笑顔が見られたそうだ。
少しずつ、確実に回復してきていることは確かだ。



平成24年2月9日(木)


昨日は腹痛に見舞われたS。
今日も覇気はないが、登校して行った。


が・・・牛乳の代わりの水筒と、歯の矯正具を忘れて行った・・・。


やっぱりボケラ〜としている。
水分補給と歯にかかわる案件なので、おママが小学校まで届ける事に。


休み時間を狙って、教室を覗く。


するとS、ストーブ辺りで1人でボケラ〜っと・・・。


誰かと遊ぶわけでもなく、ストーブに当たるわけでもなく・・・。

クラスに受け入れてもらえてるのかしら・・・?

おママは心配になったそう。


さて・・・。

今日はTB先生の定期診察。
昨日お腹が痛く、嘔吐した。


腸の動きは悪くない、胃だろう。


ということで、胃の薬を処方頂いた。

そして、ついに、あの話題。


4月で異動になった。
ここの小児外科も閉鎖になる。



いつかは異動があることは、以前に伺っていたことである。
しかし今回はより現実的な噂を耳にしていた。

どこかで間違いであって欲しいと願っていたが・・・。

でも、ここまで近くで診て頂けたこと自体が幸運だった。
遠くなっても通いますよ、ええ。


(胃ロウが外れるまで)もう少しなんだけどな・・・。


Sは一生体調に気を付けなくてはならないし、服用も必要である。
しかし小児外科医であるTB先生からは、いずれ離れなければならない時が来る。

話は将来に飛ぶ。


短小腸の子は大学生くらいになると、必ずといっていいほど調子を崩す。
ただでさえ親の言うことを聞かなくなる年代だし、
親元を離れたり、外食が多くなったりする。

特に短小腸にお酒はテキメンで、男の子など勧められたら断りにくく、また飲酒への興味も湧く。
しかしそれにより入院が必要なほど体調を崩す子も少なくない。
通常の下痢と違って、短小腸だと必要なものまで出ていってしまう。

大学生〜就職時期を乗り越えれば、次第に落ち着くのだが・・・。



とにかく、次の目標は胃ロウ(夜間注入)離脱。
まずはここを越えねばならない。


あと、ネショに新たな薬剤を追加することになった。
さすがにこの春で3年生、先生もいよいよ動き出すようだ。



Sの受診で、Hの面会は私1人。

昨日から相部屋に移ったH、ちょうどOZ看護師さんが。
見ると酸素チューブがない。

これはイケたか?と思ったら、


(元気になって)チューブを取っちゃうので、マスクにしようとしてたんです。


とのこと。
何だ、残念。






午前中も酸素を外してみたんですが、どうしても(酸素濃度が)安定しなくて・・・。


では明日の退院は?


ありません。
まだ肺雑もありますし・・・。



いやHは出生時もそうだったんですよ・・・。

症状に現れるわけではないので退院させてもらったが、
何だか延びそうな予感がする・・・。

マスクをベロンベロン舐めるH。

ある意味自ら外さないので目的は達するが、舌が出がちになりはしないか・・・。
(ダウン症は舌が出たままになりやすい)

Hはミルク150mLを完食。
ふぅ、と思ったところで、ブリッ!ブリ〜!!と・・・。

ふぅ・・・。




平成24年2月10日(金)



おママがHの面会、代わりに私が早くに帰宅。

といっても、Sはもう留守番が慣れっこで、
自由気ままに録画TVなどを見たり、wiiをやったり、自由を謳歌している。


S「あ、来てたのか。」


と封を開け始めたのはZ会の採点用紙。

満点でなく悔しがるS。




まだ、純粋に点を取ることが楽しい年頃。

この時期にできるだけ伸ばしておきたかったが、既にのりしろが・・・。


夜、おママが帰宅。

Hは明日、退院許可が出たそうだ。

いよいよヤツが帰ってくる。
本当に2週間弱かかってしまった


何だかSがボーっとしているので、
学校で何かあったか心配になったおママ。

今晩はSと布団を並べて隣に寝ることにした。



平成24年2月11日(土)



マ「昨晩は大変だった!」

と、アサイチで、おママ。

Sが夜通し魘されて、殆ど寝かせてもらえなかったそう。
やはり鼻づまりが酷く、とても息苦しそうだとのこと。


昨夜のSは、珍しくあっという間に意識不明になったそう。
余程寝不足状態であったに違いない。

ボケラ〜としているのも頷ける。


いつもの小児科クリニックに連れて行きたいが、
インフルエンザやロタが猛威を振るい、超満員のよう。

それをもらってしまう危険があり、できる限り近づきたくない・・・。

まあ、それはさておき、まずはHを迎えに行かないと。


車で10分チョイ、退院なので特別に出入り口近くに駐車させて頂く。

病院に入ると・・・インフルエンザだろう、マスクをして倒れているヒト、多数・・・。
オソロシイ・・・。

一方、午前の入院病棟は閑散としている。
というか、Hともう一人が退院することにより、
小児の入院患者がゼロになる。

おママが退院手続きをしている間、Hの帰り支度を整える。
精算等は後日なので、スンナリ終わって帰宅となった。

ついに、Hが帰ってきた。


途中から空腹で泣き始めたH。
かといって量が進まないのは、まだ余波があるからだろう。

Sも大喜び。


10日超の入院中は、殆ど発達の促しができなかった。
点滴や酸素チューブ、抱き上げればサチュがピーピー鳴るし。

しかし、あと少しで寝返りそうに。


どうだ、遅くてもちゃんと成長しているじゃないか。


ただ向き癖と、呼吸困難による漏斗胸は強くなってしまった。

さぁ、リスタートだ。


平成24年2月12日(日)



マ「昨晩は大変だった!」

と、アサイチで、おママ。

Hが2時頃から起きて寝てくれず、
かといってミルクを飲んでもくれず、
グズグズグズグズして眠らせてくれなかったそう。

昼夜逆転してるのか、H・・・。


小学校の宿題。

「自分を振り返る」的な、いわば親にどんな子供だったか聞いて、
どんなに愛されているか知り、自信を付けさせようとする企画。

しかし、S・・・。

自分でやっちまっていた。



3才の頃
にゅういん たいいん

4才の頃
ようち園 入いんたいいん かぜ

5才の頃
かぜようち園




・・・おーい・・・。



両親にインタビューするはずが、
忘れていたのか面倒だったのか、明日が提出の〆切日。

写真を見せ、昔の話をするおママ。
退院してからは大きなアルバム。
ちなみに放置中のH。

固定されてた左もよく動く。



しかし生まれてから幼稚園に入る頃か、
いや幼稚園に入ってからも苦労が絶えなかった。

いつ命の灯火が消えてもおかしくない疾患。
奇跡的な巡り合わせでほぼ普通の生活が送れるようになった。

ハタから見れば、「ウルトラ・ラッキー」なのかもしれない。

しかしそこに至る道のりはイバラそのもの。
闘いばかりで「エピソード」なんて辛いものが殆どだし、
ナニが何mL飲めた、体重が何キロ越したなんて、普通のヒトには何の事だか理解不能だろう。

まだ治療の過程の途中だし、そもそもきれいサッパリ「無かったこと」になるわけではない。
現在も努力は続いており、一生付き合って行かなくてはならない現実がある。

とにかく、思い出すだけで苦しくなるのである。
おママはもう昨日から様子がおかしかった。

・・・先生、この宿題、ウチの家庭にはちょっと無理ッス。



なので、私が回答を作成してしまった。

キレイに書き写すこと、それがSの宿題となった。
それもSには難しいが

伊達に何年もHP書いてねぇぜ





ところで・・・。
実はS、昨日からゲーム禁止の刑に服している。

今回の宿題を忘れていたこともそうだし、とにかく普段から注意力が欠落している。
何か一つでも気を付けることができるようになるまで、お預けにした。


もともと土日のみの約束である。
滅多にできない大好きなゲームの禁止に、

S「え〜!!」

しかし、すぐに自分の世界で遊び出すS。

ポケモン作り。
ジオラマまで・・・。

Sが撮った3枚の写真をつなげてみた。




これまで治療のため、我慢が強いられることが多かったS。
それも生命維持に直結する食事や水分摂取すら、
「ダメ」と言われれば絶対に背くことは許されなかったからだろうか。

得られない事に慣れている。
あまりにも許されない事に慣れている。

ダメならダメ、ないならないで、さっさと別世界に入ってしまう。
つまり罰が罰にならない。

これは困った。
一筋縄ではいかない小僧である。



SはHの写真を撮りまくり。
撮ってももらう。
また撮って。
風呂上がりも・・・。


可愛くて仕方がないようである。



さて、Sの鼻づまりを何とかしなくてはならない。

そもそも何で鼻が詰まるのか。
ネブライザーで鼻水を緩めても、効果が得られない。

鼻の何処かが腫れていて道を塞ぐのであれば、鼻水は関係ない。
腫れを引かすにはステロイドだ。
点鼻ステロイドを引っ張り出した。

これで劇的に改善してくれると期待する。


ちなみにSの食欲はカナリ低下している。
お腹も久々に水様便になり、S錠剤を倍量にした。

とにかく眠りの質を上げること。
まずはそこからだ。

思い出の品はこれ。

説明はいらないよね?

宝物である。



平成24年2月13日(月)

昨晩のSはとても静かに寝ていた。
十分に睡眠が取れたからだろうか、活力と食欲が出てきたそうだ。

点鼻ステ作戦、大成功。
次はどのように点鼻と付き合っていくかだ。

Hもまた昨夜はグッスリと寝てくれたよう。
環境が大きく変わり、リズムが狂っただけだったか。




Sは(算数だか工作だかに使う)「箱」を、
明日までに学校にもって行かなくてはならないことになっている。

おママがSに問うと、

S「あ、そうだったそうだった。」

本来はSからおママに頼んで箱を用意してもらわねばならないのに、
Sはそんなこと一切言ってこない。
おママは先生からのお便りを見て、ギリギリまで待っている。
(昨日のインタビューもそうだ)

本当はここで手を差しのべずに、忘れ物を自覚させるのだろう。

しかしSときたら、注意力が内だけでなく、
服は前後逆だったり、昨晩からのオムツも昼まで履いたままだったり、
とにかく頓着が無さ過ぎるのである。
学校で忘れ物に「×」が付こうがどうなろうが、全く動じることがない。

朝自分で起きる約束も、ここまで魘されて睡眠不足だと起こさざるを得ない。
でないと登校拒否並に連日休みになっていただろう。

ご飯も休み休みでいいから食べさせないと体重が増えないし、
そういうだらだら食べはメリハリがなくなるし、それ以外の時間が短くなり余裕がなくなる。

Sの性格もあるのだが、
このあたりも病気の辛いところである。





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