平成18年11月20日(月) 退院!
ついにこの日が来た。
今日は生まれて初めての退院である。
子の病院生活は丸3年に及んだ。
今日も午前中はのびのびと過ごしていたようだった。
しかしながら今後は家での生活になることは十分に理解しており、
置いて帰られないように側を離れようとしない。
仕方ないので、最後のカンファレンスに連れてゆく。
TB先生から注意事項として、
1.風邪、発熱に関しての注意は普通の子と変わらない。
ただ、下痢は要注意である。
今は1日10回以上の下痢が2日続けば脱水状態に陥ってしまうだろう。
そうなったらすぐに受診すること。
夜間だったらERに来ればよい(事前にERに電話を入れること)。
2.また短小腸の場合、抗生物質により下痢を起こしやすい。
そのためには風邪を引かせないことも大切である。
風邪を引かせないためには何よりまず両親が風邪にかからぬよう注意すること。
3.集団生活をすると感染の危険が高くなる。
そのためあと1〜2年はそういう環境に入れないこと。
その後は身体もできてくるので、今は我慢だ。
4.イントラリポスが栄養剤パックの中で分離していても構わない。
とにかく入れば良い。
3食とおやつで生きていく分は摂取出来ている。
夜間の栄養剤はプラスαの成長する分と考えて良い。
既に割合にして2割程度になっている。
5.将来的に薬剤はウルソと整腸剤だけになる。
この2つだけは続けていかなくてはならない。
全部了解です。
今は不安はありません。あとは私たちがやるだけですね!
病棟に戻り、耳毛を切っていただく断髪式。
手際よく髪を糸で結ぶ。さすが外科医だ。
続いて、はい、とIOさんにハサミを要求。
その目は治療の時のそれと同じであった。
IOさんは完全に不意を突かれていた。
ジョキッ!ジョキッ!
耳毛の無い息子は・・・どう見ても普通の園児だ。
嬉しくもあり、どことなく寂しくもある。不思議な感覚である。
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ジョキッ! |
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こっちもジョキッ! 先生の目と手つきは外科医のそれでした。 |
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切った髪は大事に保管。 これで見た目普通の子になってしまいました。 |
売店、栄養科等にご挨拶に出る。
院内でも次々と声をかけられる。
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TB先生の難しい食事内容の注文のなかで、 毎日一生懸命メニューを作って下さった、 栄養科の方々。 本当に大変だったと思います。 ありがとうございました。 |
おやつをOGさんに食べさせてもらい、私たちはお世話になった方々としばし談笑。
話は容易に転院時にまで遡る。
コイツの人生の2/3を、皆さんよく覚えていらっしゃる。
本当に感謝してもしてきれない。
短小腸は管理によって、経過が全く異なります。
ウチの子のように残存部位が少なくとも回盲弁が失われても、
それ次第によってここまで機能を改善することができるんです。
そこには切った貼ったの派手な治療はありませんが、確かに(地味な)最先端治療です。
その結果が成果として目の前に居るのですから。
生活用品は昨日運び出していたが、薬剤や消耗品がダンボール1箱分。
IOさんとOGさんが荷物を駐車場まで運んでくれた。
本当にお世話になりました。
皆さんが手がけた労力分、息子が成長したのです。
本当にありがとうございました。
今日最後にお会いできなかった方々にも、是非宜しくお伝え下さいませ。
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わざわざ駐車場まで荷物を。 最後まで、お世話になりました。(涙 |
ジジババにも付き添われ、息子は無事我が家に到着した。
先週の長期外泊トレーニングの成果も見て取れる。
今日はグッスリ、初めて枕を使って寝てくれた。
うなされて頭を柵に押しつける仕草は見られなかった。
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車は相変わらずダメダメです。 |
| でも・・・・ |
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| やっと退院しました! これまでのご声援ありがとうございました。 本当に励みになりました。 感謝の気持ちで一杯です。 短小腸は退院後も制限が多く、また自宅での処置も必要です。 今後は子の成長記録と共に、 症例数が少なく情報が乏しいこの疾患の情報源となるべく続けていきたいと考えています。 最後になりましたが、「食べて成長できる身体」にして下さった昭和大学藤が丘病院の皆様、 命を救って下さいました聖霊病院NICUの皆様に、心から感謝致します。 |