平成22年5月8日(土) 胃ロウ中止300日目



今日は私がブチ切れる。

Sは余計な口が多いし、気遣いがないし、
挨拶はできないし、鉛筆の持ち方、箸の使い方、踵体重、目が近くなることなど、
言っても言っても直すのはその場限りで、3秒後にはまた元に戻っている。

ナゼそれくらい、ナゼそれが直らない?!
たったそれだけのことがナゼ注意できない?!

それこそ一挙手一投足ツッコミ所満載なのである。
気になると、トコトンまで気になってしまう。

しかしそれをやっては言う方も言われる方も、聞いてる方も身が保たない。
せっかくの休日が丸々説教日になってしまい、しかもお互い逃げ場がない。
Sもストレスで機嫌が悪くなる悪循環を引き起こす。

おママ不調時のSの態度、先のアスレチックや公園での無様な一面。
そしてこれだけ頑張ってきた治療(食事管理)でも、まだ出口に手が届かなかったという落胆。
このHPには描かない諸々のストレス。

私自身の不調や疲れが、腹の奥底に飲み込んでいたはずのそれらを、
弱者(S)を攻撃する形で吐き出させてしまう。

頭ではわかっているのだが、それ故に自己嫌悪を引き起こし、
負のスパイラルにギュッと絡みとられ、藻掻けば藻掻くほど締まってくるのだ。


それを断ち切ってくれたのが、おママの強い制止であった。
一呼吸おき、少し冷静さを取り戻す。

できないのはSが悪いわけではなく、それができるまで成長していないということだ。

Sは小学生になった今でもまだ幼児語が残り、オネショは豪快だし、
歯も生え替わる気配すらない。
頑固で生真面目、要領が悪すぎる。
精神的にも肉体的にも発達がゆっくりなのである。

いつか自分で気が付けば、できるようになる。
まだその時期に至っていないだけなのだ。


運動能力が至極低いのもまた、Sの特性である。
これらを否定するような私の行動は、
我が子の障害を認めず「普通であること」を強制し、
何ら手を打たない一部の親たちと同じである。

今やるべき事は、Sの全てを認めてあげることなのである。
もっと肩の力を抜き、Sを開放し、伸び伸び遊ばせたい。
Sも公園で虫を追いかけ、ボールを蹴り、砂で城を造りたいだろう。

ただ、それらができなかったのにも理由があり、
体力と水分の消耗激しい外遊びは、Sの食欲を奪い、消化吸収能力を低下させ、
治療の妨げとなってしまうからなのだ。

また小学校が始まり、給食という新たな難敵も現れた。
もう何かを減らさなければ、もう既に限界に達している。
気が付けば親子共々、疲労困憊の極みにいる。
お互いここを脱することがまず第一である。

運動塾。

運動能力が絶望的なほど低くいSを何とかしたいと、
行き着いたのがここであった。

公園に行けば遊具を触ることすらできなかったSを、
まがいなりにももう少しで逆上がりができそうなところまでしてくれた。

しかし運動能力が極端に低いことを度外視しても、
如何にカロリーを消費し(練習)、体を回復させるか(栄養吸収)が勝負の運動選手になど、
天地が逆転してもSには成れっこない。

治療の進捗が滞っている今、
胃ロウがSの人生の大きな重しになっている今、
捨てるべきは勝算のない運動で、目指すべきは胃ロウの抜去である。

そして、一番大事なのは生身のS本人である。
時間と体力に余裕ができれば、心にゆとりが生じよう。

ならば、切るのはここである。


Sの意を聞く。
Sもまた、何より胃ロウを早くとりたいと、運動塾退会に頷いた。

まあ、夏休みなど小学校がなければまた通えるさ!
一生運動ができないってわけではないのだから。

運動に制限はない胃ロウでも、モノが当たればそれなりに痛いようで、
常にどこかで動きに不安があるのも当然、
無くなれば、動きもまた変わるだろう。

夕食も食欲無く殆ど食べることができなかった。
やはり疲れが溜まっている。

IQテストゲーム。
異常に低いが、タッチパッドを上手く使えないからだとわかった。
体重21.6kg。

疲労が数値に現れるのは、いとも簡単である。




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