平成21年1月2日(金)
昨夜からずっと常に湿度を保つため、
ペットボトル加熱式加湿器の水を絶やさぬように、
2〜3時間置きに給水。
この加湿器、1.5Lとか2Lのペットボトルでは利かないようにできている。
ボトルの肩口の角度が微妙に違い、500mLのそれしか使えないのだ。
仕方なく、目覚まし時計の針を進めつつの元旦から2日の朝だった。

呼吸困難とまではいかないが、
ズー・ブゴ〜、ズー・ブゴ〜という、吸う時も吐く時も音がする。
明け方3時には嘔気もあり、39度。
添い寝のおママとSが寝られたのは朝の5時頃からだったとか。
胃ロウからの夜間注入をいつもよりゆっくりしていて、
朝9時に終了した。
全員が疲れ切っていて、昼前まで寝ていた。
いや、やっと寝られたというのが正しい表現だ。
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ジジババ宅に新年の挨拶に行くことになっていた。 ジジが用意していた魚を持ってきてくれた。 Sがこんなんなちゃって、 遊びに行けなくて申し訳ない。 早速ありがたく頂いた。 |
午後になり熱が38度、このまま下がるかと思いきや、
手は暖まったが足が冷たい。
何よりSの調子が全然戻らない。
喉が痛いと言い出した昨日夕方から、
口から生まれたようなSが、一言も喋らないのだ。
夕方になり、呼吸時の雑音がより酷くなる。
熱も39.5度で下がらないか、やや高くなっている。
喋れないだけで意識ははっきりしている。
でも時折指先が震えている。
おママがERに行こうと言い出す。
前回ERに受診した時は、特に何事もなくそのまま帰宅となった。
動かさずに済むなら、このまま寝かせていた方が負担が少ない。
さてどうするか・・・。
第三者のアドバイスを求めようと、ここに電話することに。
本来は軽症で救急車が呼ばれる事を削減するため開設された窓口だが、
同じく受診を減らすため、病院に行くべきかどうかも相談に乗ってくれる。
さてどう説明しよう?
咽が詰まったように呼吸がしづらい(吸う時も吐く時も)のと、39度を超える高熱。
これは、逆に俺が相談員だったら、間違いなく受診を薦めるな。
あれ?だったらSをERに連れて行くべきジャン!
内心そう思いつつも、逆に否定してくれることを願い、電話。
しかし、やはり病院を受診した方が良いとのこと。
早速いつもの昭和大学藤が丘病院に電話し、ERに繋いでもらう。
到着予定時間を告げ、すぐに支度を開始。
まさか、入院なんて・・・。
と思いつつ、パジャマやらオムツやらを一式用意する私たち。
Sを抱え、タクシーを飛ばして藤が丘に向かう。
車嫌いなSが、一言も不満を漏らさない。
受診。
X線と血液検査、それと水分補給の点滴。
X線撮影の間も、自力で立つのがやっと。
検査結果が出るまでの間、病院のベッドで横になる。

2時間弱で検査結果が出た。
その間もSは一言も喋らない。
インフルエンザは陰性だが、
炎症を示す白血球とCRPの値が非常に高い。
x線像からも肺炎となっている。
入院しよう。
ということになった。
なんたることだ、年明け2日から入院かよ。
でも病院があってくれて良かった。
そう思える私たちが居た。
小児科入院病棟は4F。
肺炎だから内科だな、と思ったら。
こういう事情だから外科病棟に変更となった。

退院以来2年強、久々の小児外科病棟。
ここに転院してきた時も、この病室、この場所だった。
そして、またまたたまたま、夜勤担当がOGさん。
これほど心強いことはありません。
私たちは安心してSを託すことができます。
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なので、私とおママは久々居酒屋など。 思えば、Sが退院してから2人で夜の居酒屋行ったこと、 あったっけ? |
子供が入院して何をと思うかもしれないが、
退院して2年以上、毎日毎日3食おやつを全て計算して用意して、
薬、サプリメントも毎日絶やさず、
夜間注入も毎晩用意。
言葉では大変そうに思えないかもしれないが、
1日も絶やすことなくとなると、
真綿で絞めるようにじわじわと苦しくなるものだ。
いいだろ?こんな正月を過ごしたって。
半ば逆ギレのように食いまくった私たちだった。
帰り道、とても寒く、ついつい早足に。
Sが居ると寄り道ばかりでここまで早くは歩けない。
ふと、Sが入院していた2年前の感覚が蘇る。
帰宅してもSが居ない。
夜の栄養剤注入の用意も必要ない。
この感覚が新鮮ではない事に、逆に驚かされた。
ああ、私たちの時間は、まだ十分修復できていないのだ。
(もっとも、それもSが無事に戻ってくると信じているからだが。)
明日、入院の準備をまとめねばならない。
きっとすぐに用意出来るだろう。