平成23年9月2日(金)


登校。

今日退院してくるが、
慌てて帰って車にはねられるなよ。



今日は待ちに待った退院日。
Hの退院が遅れたので、最後の追い込みセッティング。

約束の時間を少し早めに病院に到着。

「S君、どうですか?」

私達が知らなくとも、Sの事を気にかけてくれていて、
私達を覚えていて、Hの退院が今日と知っていて、
声をかけて頂いた方、多数。

本当に大勢に支えて頂いていたのだな、と実感する。



HO先生。


今日のこれからご予定は何かありますか・・・


え?ご予定?


NICUに入った子は、聴力検査をすることになってるんです。


それがまだ未実施だったらしい。

コットに乗せられ、連れてゆかれるH。
手持ちぶさたの私達・・・。

しばらくしてHO先生。


ちょっとお話が・・・。


え?何か問題が?
帰りが遅れると病棟外の通話エリアでメールを打っていたおママを連れ戻す。
冷たい汗が背筋を伝う。


ごめんなさい、寝てから検査するのですが、Hくん寝てくれなくて・・・


なんだー先生、何か問題があるのかと思っちゃったじゃないですかー!!

ダウン症の子に心臓やら耳やらに合併症が多い事はここ数日勉強していた。
ここで耳が聞こえないってことになったら、それを裏付ける状況証拠が1つ増える。
それが怖かったのだ。

では、入浴でもさせて、気持ちよくなって頂きましょう。

退院後の練習を兼ね、沐浴。



Sの時はお腹にチューブが入っていて、
それが胃ロウとちがって引き抜けちゃうシロモノだったから、
とても気を遣ったもんだ・・・なんて事を思い出しながら。

ミルクを飲ませ、寝てくれたところで、再トライ。
コットに乗せられ、連れてゆかれるH。
手持ちぶさたの私達・・・。



しばらくして険しい形相で戻ってきたHO先生。


右は取れたんだけど、左の途中で起きちゃって・・・。


検査を終えることができなかったらしい。

再度ミルクを飲ませ・・・飲まない。

ババ様がお昼ご飯を用意してくれていたんだけどなぁ・・・と思いつつも、
解放される時間もわからず、昼食に出た。



幸い地下の食堂は空いてはいたが、空腹の私達はあっという間に日替わり定食を平らげて・・・。
手持ちぶさたで病棟に戻る。

23日に生まれ、今日で10日目。

本来なら、まだ床に伏すべき時期、おママも体力的に限界に来ている。
これで帰れる、次で帰れると伸び伸びになってるもんだから、
チチもそのまま、限界に間近。


「まったく、先にやっとけって話よねぇ〜!!」


業を煮やしたのは、おなじみ小児外科から小児内科勤務になったSGさん。
様子を探りに行ってくれた。




グッタリして待っていた私達、


SG「もうすぐ帰ってきますよ!」


との声がけに、姿勢を正す。

しばらくして険しい形相で戻ってきたHO先生。


中でお話ししましょう・・・。


何だ?どうした?
同期のSK先生と、看護師さんまで。
うわ、嫌〜な予感・・・。


右耳は取れたのだが、左耳が・・・。
病棟で行うのは簡易の検査なので、耳鼻科の精密検査が必要が・・・。



左が、どうかしましたか?


右は問題なく聞こえているが、左に反応が・・・取れなかった。
左は聞こえていないかもしれない。



私もおママも無言だった。
聞こえていないという状況に、何を聞いても意味がない。


1ヶ月検診の前に、一度受診して下さい。
同日、初診で耳鼻科の初診にかかること。
申し送りしておく。



私の中で、必死に振り払おうとしていた疑念が、
いよいよムックリと起きあがってきたのを抑える事ができなかった。


「心拍数低下とかなかったら、そのまま退院していたわけで・・・。
 何も症状が無く、後から染色体に異常があるとわかることってあるんです?」


また意味のない質問をしてしまった。


心拍数の低下は×××・・・。


いや先生、もっと短刀直入に聞きたかったんです。


「先生は、Hに染色体に異常があると思いますか?」


そう、これが核心。
ついに口に出してしまった。


・・・あるかもしれません。


・・・でしょうね。


かわいいねー!と、これまで何度もHに声をかけていたHO先生。
でも、染色体異常かもしれないんですよ。
可愛いだけじゃあ、済まされないんです。

・・・なんて言っても始まらない。

とにかく検査結果が全て。
今は左耳が聞こえていないだろうということだけ。
退院予定を数時間オーバー、もうクタクタだ。

外来予定等を再確認し、ついに退院。
先生方や看護師さん方、スタッフの皆さんに笑顔で見送られるも、
しかし私達の笑顔が引きつっているのがよくわかる。

こんなに温度差のある退院って、あるんだな。

乗り込んで頂いたSGさんや、お話ししたかった方々を捜す気力がない。
申し訳なさが私達に追い打ちを掛ける。


正面玄関に車を回す間、
あら赤ちゃん?と通院おばちゃんに声をかけられているおママが見えた。

キッツイだろうなぁ・・・。

今はそっとしておいてもらいたい、私なら。
おママもそうに違いない。



予定の時間を大幅オーバー、Sの小学校の帰宅前に滑り込みセーフ。

これまで期待に胸を膨らませながら、
しかし面会に行ってHを見ると「やっぱり」と現実に引き戻される日々だった。

家に帰ってちゃんと見れば、「そんなことない!」が沢山あると信じてた。
でも、見れば見るほど典型的な顔つきに見える。

Hの将来はどうなるのだろう。
私達のこれからはどうなるのだろう。
恐怖が、こみ上げてくるのを押さえつけることができなかった。

程なくしてSが帰ってきた。

分かってるよ!といいたげに、
一目散に手を洗いに洗面所。
そして・・・。
・・・。
Hの頭を撫でては私の顔を見て、
手を握っては私の顔を見て。


喜びが現実であるのを確かめるように、噛みしめるように、S・・・。

その度に頷くのが精一杯だった。


今日は夕方から退院お祝いの食事会を予定していたが、
ジジババ様に全て任せてしまい、いや立っているだけの力がなかった。
体の奥、お腹のあたりが重たくなって、思わずベッドに倒れ込んだ。



それでもHをリビングに連れてきて、打ち上げ。


が・・・テンション上がらず、とても不思議な場に。


おパパ方のジジが帰ったところで、ついに、おママが崩れて泣いた。
声を押し殺して、泣いた。

ババ様は、わかっておられたのだろう、
当たり前のようにおママに寄り添った。

参った。
さすがだった。



右でも左でも、わかったところでどうにもならない。
ならば、どちらにせよ、きっとどうにかするのだろう。

でも、なんで?
どうして俺たちばっかり?

大多数の家庭が、普通に子供を育てている。
どうしてそれが許されない?
どうして2度も苦労を背負わされるのか?
どうして?どうして??

Sは血ヘドを吐くような苦労と努力で、何とかなった。
そこらのお腹の弱い子よりは、むしろ丈夫かもしれない。

しかしそれらでは叶わないことも、世の中にはある。

私達は途轍もない闘いを挑み、何かを成し遂げたような気でいたが、
闘うことが許されただけまだよかったと、甘かったと思い知らされた。


いや、どうにもならないので、ならば前に突き進む他ない。
その自信はある。

ただ、今はまだ、その覚悟ができていないだけだ。
そうに違いない。

いや、なぜ早々に覚悟を決める。
まだ確定したわけではないのに・・・。



ワールドカップ予選の終了間際、
Hの部屋からおママとババ様が出てきた。

そのまま、イキナリ観戦モードに突入。
ひとしきり話したところで、吹っ切れたようだ。

先に帰った下階のジジには、まだ言わないでおこう。
そう、まだ運命が決まったわけでなはい。
わざわざ余計な心配をさせる必要はない。


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